mita sneakers MD
国井栄之

PROFILE / 1976年生まれ。確かなセレクトと、先行、限定、別注と数多くのエクスクルーシブなスニーカーでシーンをリードする上野のスニーカーショップ「ミタスニーカーズ」のMD







―――スニーカーを初めて買ったのって何歳くらいのときですか?
「小学生のときに買ったコルテッツが最初ですね。当時はアディダスとかが人気だったんですけど、僕はあまのじゃくだったんでコルテッツを履いてましたね。その時は別にスニーカー好きって訳じゃなくて、たまたま目についたのがコルテッツって感じで」
―――スニーカーに目覚めたのはいつですか?
「16〜19歳の時、車のレースをやってたんですけど、その時はやっぱりレーシングシューズを履く機会が多かったんですね。レーシングシューズってソールが素足に近くなきゃいけないとか、変わった燃えない素材とかステッチとか……1足のスニーカーに色んな機能性が盛り込んであって。で、そういうのが分かってくるとどんどん他のスニーカーにも興味が出始めてきて」
―――その頃に出てきたスニーカーっていうと?
「エア・マックスとかハラチとかですね。あと僕の場合、音楽の影響も大きくて。ビースティーボーイズがキャンパス履いてたら“ヤベー!履きてーな!”って思ってたし。そういったレースっていう僕の1つのライフスタイルと、ビースティーを含めて様々なサブカルチャーの両面からスニーカーにハマっていきましたね」





―――ミタスニーカーズに入るきっかけは?
「靴屋で働こうなんて思ってなかったんですけど“物を作りたいな〜”っていうのは漠然と思ってて。アメリカのフットロッカー別注みたいなモノを日本でもできたらおもしろいだろうな〜って感じで。あとは、レースをやってたってこともあって、スニーカーの構造と車の構造がすごい似てておもしろいな〜って感じてたんですよ。車のボディーがスニーカーのアッパー、サスがミッドソール、タイヤがアウトソールみたいな。だから自分がやってきた事と共通してるっていう部分でも興味があって」
―――いつくらいですか?
「‘96年ですから20歳くらいの時ですね。’95年のスニーカーブームが少し落ち着いてきたくらいのとき。だから僕は、あのスニーカーバブルを商売的には余韻しか体験して無いですね」
―――普通に面接を受けて入ったって感じですか?
「そうですね。面接受けるときには、前に靴屋で働いてたって事にして(笑)。でもって結果を聞いたら本当にうかっちゃった(笑)。これはヤバイ!ってんで 速攻、某大型靴店に行って1週間だけバイトして。で、ミタの入社初日に挑んだって感じっすね(笑)」
―――当時はどんな状況でした?
「両極端でしたね。ブームの余韻でハイテクを履く人、その一方で頑な人はローテクを履いてて」
―――売れてたモデルっていうと?
「ホワイトにベージュ×グリーンの蛇のAF1。あとは真っ黒のトータルマックス‘95、他にはズームフライト5やニューバランスのUK物とかが売れてましたね」
―――じゃやっぱ、特にこれっていうモデルではなく……
「そうですね。ちょうど去年のスニーカーシーンに似てるっていう感じでしたね。ニューバランスとかのオーセンティックなデザインも売れてるし、中テクって言われるような’95マックスみたいなランニングも売れてて。だから去年は、ちょうど僕がこの業界に入ってきた時とホントに良く似てるんですよね。当時はバブルが弾けて、お客さんはどれを買って良いか分からなくなってきた時って感じで。今も特にこれっていうモデルはなくて、色々選択肢があってって感じじゃないですか」
―――うんうん。で、情報量もすごい増えたし選ぶ方も
「そうですね。昔は店頭表現で見せてたって部分が多いんですけど、今は雑誌だったりインターネットだったりで、簡単に情報が手に入るじゃないですか。だからお店でのサプライズっていうのが薄れてきてて。当時はやっぱり店員さんの声っていうのが最先端の情報だったから売り手も買い手もアナログで、みんな足で情報を稼いでた。でも今はインターネット見たり、雑誌を見て情報得るっていうのはある意味楽で早いんですけど、それがすべて正しいかどうか微妙じゃないですか。そればっかりになっちゃって、自分の中でのかっこいいとかそういう見方は無くなってしまう。自分で履いて好きか嫌いか、どんなに人気があっても自分に似合わなかったら良くないっていうような判断基準がなくなってきてしまっている。特にスニーカーなんて、長時間履くモノなんで履き心地にも目を向けてほしいですよね。靴はとっておくモノでも、飾るモノでもなく、履くモノなんで」





―――今じゃミタさんの代名詞とも言える別注とか先行発売っていうのはいつぐらいから始めたんですか?
「一番明確なのは’90年後半くらいに裏ダンクがでてきて、東京のシティーアタックでウチが販売店に選ばれたんですよ。その頃になると原宿は洋服、上野は靴屋っていうような日本独特の流通ができてきたんですね。で、その辺から自分たちのやるべき方向が定まってきたって感じで、入ってきた商品をただ売るだけっていうようなショップじゃなくなってきた。またそこでメーカーさんとも良い関係になってきて、どんどん広がっていったって感じですね」

東京のシティーアタック
通称CA。ナイキが都市と、その都市にある店舗を限定して発売するモデルの総称。限られたショップでのみ発売されるモノなので、どのモデルも話題性の高いモデルとなる。ちなみに通学用のスクール・アタックというのもある。写真は CAの『裏ダンク』


―――各メーカーのアンテナショップにも指定されだしてきて?
「そうですね。ウチって立地条件でも客層でも、色んな面でテストするにはベストなショップなんだと思います。小さな子供からおじいちゃん、おばあちゃんまで来るし。もちろんファッション、スポーツ、スケート、街履き、そのニーズも様々で、色んなモノを求めてくる人が集まるって感じで。だからこそメーカーさんにとっても色んなデータを収集できると思うんですよ」
―――じゃ先程も出た別注モデルについてなんですが、具体的にどんなモデルを手掛けてきたんですか?
「僕が入って数年経ったときに、今の店長の大沢さんを軸にビルケンシュトックのスエードのモンタナをやりましたね。

ビルケンシュトックのスエードのモンタナ
200年以上の歴史を持つドイツを代表するシューズブランド。サンダルのブランドとして有名。モンタナの他、ボストン、アリゾナ、などのモデルも人気。


素材&カラー提案して何社かで振り分けて売ったってのが最初ですね。その後、ヴァンズのチャッカでカラー別注をやりました。ただ当時は、別注と言うよりは流通限定っていう感じで『○○ショップ限定発売』っていう感じでした。僕はまだ入ったばっかりだったので見てただけだったんですけど、その後のナイキのカラー提案からちょこちょこ参加し初めて。それから上野のシティーアタックとしてナイキのエア・フットスケープで3色やって、そしてニューバランス580ですね。あとは上野発信モデルでエスケープの茶色を3モデルって続いていって……。新しいモノではエア・フォース1の温故知新ですね」

上野のシティーアタックとしてナイキのエア・フットスケープ
甲のサイドにシューレースを施し、その独自のフォルムで人気を博したモデル。このシティーアタックでは、写真の二色とレディースサイズのみで水色がある。

ニューバランス580
言わずもがなヘクティクとミタスニーカーズによる別注で大ブレイクを果たした。去年の12/24に第7弾がリリースされ、どのカラーも即完売の人気ぶり。正式にはMT580

上野発信モデルでエスケープの茶色を3モデル
写真の2モデル(エアマックス‘90とエアフォース2 ハイ)の他にトレーナーSCハイの3モデルがリリース。以前にリリースされたエスケープシリーズの現代版という形でリリースされた

エア・フォース1の温故知新
素材のグラデーションという画期的なアイデアが盛り込まれた意欲作。一つは世界で7足のみという超レアモデル。ヒールに上野の刺繍あり


―――もう怒濤ですね。しかもどれもがすぐ思い浮かぶ名品揃いで
「(笑)。始めた当初っていうのが、新たな提案をする上でセレクトだけでの限界ってのを感じてて。で、アイコン的な存在として別注を起点に、新しい流れを作っていきたいってのがあったので、色んな別注モデルを作ってきたって感じですね。マッドフット!にも作って頂いて」
―――プロフェッサーですね

プロフェッサー
ミタスニーカーズと、レコードショップのシスコの共作によるマッド・プロフェッサー。本文でも触れたとおり夜遊びにハマるようにリフレクターを効果的に使用している。ちなみにヒールサイドにプリントされた数字は、アルファベットの順番でUENOとなる


「マッドフット!は、バスケットタイプのようにスポーツをする為のスニーカーをモチーフに作ってると思うんですけど、基本的にはライフスタイルで履くことが多いと思うんですよ。だから僕たちはシスコと一緒に夜遊びする時にビシッと決まるスニーカーを作りたかったので、リフレクターを多用したモデルを提案しました」
―――そうそう。で、やっぱりこれは聞いておかなきゃいけないと思うんですけど、ニューバランスの580については?
「ニューバランスの580に関しては、本当に色んなことがきっかけになったモデルなんですよ。今までは、メーカーさんと一緒にモノを作ると色々思うように出来なかったことがあったんですけど、これに関しては、制作はもちろんプロモーションに至るまで、すべてがこっちサイドでコントロールできた。そういった面でもスニーカーの流れを変えられたということで思い出深いモデルですね」
―――そうですよね。じゃあ別注の魅力ってどんなトコにあると思います?
「今一番いけないのは受け身になるっていうことだと思うんですよ。売れてるものを必死にかき集めては見るんだけど、売り手も“これが売りたい!”っていうモノがあるわけじゃないし、お客さんも“これが履きたい!”っていうものが特にあるわけじゃない。そういう面でも何かを提案していくっていうことはしていかなきゃいけないことだと思ってます。あとは、正直こういうアイテムがなかったらスニーカー屋さんは普通の人が見たらどこも一緒だと思うんです。そこでそのショップ独自の色を見せられるのが別注の魅力だし、拠点が海外にあるブランドの温度差やタイムラグを埋める為にも自分たちでやった方が早いという面がある。そういった面をクリアする上でも必要なモノだと思います。だからマッドフット!が出てきたのなんて本当に良い例ですよね。お客さんのニーズに1番近いトコから発信できるし。現にそういうニーズに答えられるようなモノもあるし、新たな提案も仕掛けてるし」
―――スニーカーを提案する側に回って変わった事は?
「物を作ると良い物、悪い物の判断基準が変わりますね。なんでこういう物を作ったのかを知りたくなってくる。切り替えだったり、ネーミングだったり、ここに刻まれてるこの数字は何だろう?とか。特にマッドフット!のモデル名は面白いですね(笑)。それと服を選ぶ基準もスニーカー中心になりましたね。『スニーカーを基準に下から上』みたいな(笑)」
―――名言ですね(笑)。ちなみに国井さんにとってこれまでのスニーカーで1番好きなモデルってなんですか?
「エスケープです。これってもともとスポーツシューズを街履き出来るようにしたモデルなんです。自分のやってる事っていうのがまさにこのスニーカーと同じ事をしてるんで」
―――じゃ最後に今後やっていきたい事は?
「日本のシューズブランドと協力して、日本から海外に向けて何かを発信していきたいって思ってます。これまでのコラボレーションを見ても海外からのアクセスや、お客さんもたくさん来てくれる。そういったことを見ると、どんどん海外へ向けて発信していければなって思いますね」
―――その時は是非誘って下さいね!ありがとうございました!!







ハーイ、始まりました、記念すべき第1回目のDEALERさんは
なんと山口県にお店を構えるanpよりお送り致します。


早速、お店の外観を御覧あれ。
It's ク−−−ール!
はれた休日なんかは、彼女とウインドーショッピングで気分はルンルンでランラン!?
そんな浮かれ気分で最新のMAD FOOT!商品がチェックできちゃうなんて・・・すんばらしい!!!!!!

そして入り口を入ると中はこんな感じ。
白をベースに落ち着いた雰囲気でゆっくり洋服を選べる空間。

anpといえばBIG-OWさんの登場です。
名前が誰か似てますが?
パクリじゃないですよ!!!BIG-O本人が命名してくれました。
西(WEST)のWでOWみたいな・・・。

これが僕のおすすめ、PHENOMENONのCDです。新譜のチェックにかなり役立ってます。
BIG-O&DJ TAKESHIにBIG RESPECT!!

そうそう、何かが足りないと思ったら花が無かったねー!!
祝 成人!!ミス アンモナイトのお姉さん!!!anpのお客さんです。
ミス アンモナイトって.....いろんなミスがあるもんですなー。

INFORMATION
おかげさまでanpは5週年を迎える事となりました。
それを記念して"anp 5th ANNIVERSARY PARTY"を開催致します。
皆さんも是非遊びに来て下さいね。

2005 2/12(土)
EYE CANDY
at ARROWS

SPECIAL GUEST
DJ WATARAI & DJ TAKESHI

問)anp:083-934-5020



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