NO NEW YORK

2009May.22/10:45

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http://www.webdice.jp/nony1984-91/

昨日UPLINKで観ました。なんとも予想通りというか、資源の無駄というか、後半は寝てしまってちゃんと観ていないので金を返してもらいたい感じです。
カウンターカルチャーの残骸というか、ダメな大人の見本というか、所詮は白人の俗物根性が行き場を失った結果がアレということなんですね。NYの白人文化は、あの頃から今にいたるも全然進化してないように思うんですがどうなんでしょう。
ジジババになっちゃったジョー・コールマンやリディア・ランチが、やめときゃいいのに延々懐古趣味全開でお喋りしてるさまにちょっと落ちました。




映画『CHE  28歳の革命・39歳 別れの手紙』

2009Feb.24/16:48

おくればせながら観てきました。こうした作品が商業ベースに乗っていること自体がある意味奇跡的であると言えなくもないと思います。アイコンとしてのゲバラが無害な聖像と成り果てて久しいこの資本主義社会にあって、ゲバラ自身の書いた原作にここまで忠実な映画化がなされようとは想像だにしませんでした。
しかし、前後編各々約二時間づつでは説明不足の感が否めないのも事実で、予備知識のない人がそこに娯楽を求めても、期待外れとなってしまうのもある意味仕方のないことなのではないかとも思いました。
ですから、この映画を観る際には事前に原作を読むことを是非お勧めします。史実や人名も無論ですが、革命戦争のさなかにあったゲバラの時々の心情を彼自身の言葉によって知ることは、この映画を楽しむためのみならず、キューバ革命というものの実像を捉えるうえにおいても意味のあることだと考えます。

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http://che.gyao.jp/


前編の原作は、革命直後に発表された『革命戦争回顧録』です。
昨今、ゲバラの娘であるアレイダによって発見されたゲバラ自身による加筆修正を元にする新訳が出ています。
グランマ号でキューバに上陸した直後から、サンタクララの戦いに勝利してハバナに進軍するまでの二年間がそこには詳細に綴られています。
映画のなかで、ゲバラがもっとも信頼した同志の一人であるシロ・レドンドの戦死報告を受けた際、遺体から回収された銃を黙って見つめるシーンがあります。10秒足らずの短いシーンではありますが、そのとき彼の胸中に去来したでろあろう、志半ばで死した同志の無念を思う悲嘆や憤怒を、たとえば原作を読まずしてはリアルに理解することは難しいでしょう。

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http://books.yahoo.co.jp/book_detail/AAT03012/


後編の原作は、ゲバラの著書のなかでおそらくは最も有名な『ゲバラ日記』です。
権力奪取の後、ソ連への追従を深めるカストロと袂を分かってボリビアに転戦し、そこでCIAに捕らえられ殺されるまでの約一年間の戦闘日誌です。
革命を断じてキューバ一国では終わらせないために命を賭して苦難の道を選らんだゲバラにして、まさに本望たる死地へと赴く決意が端々に横溢しています。
世界革命へと向かったゲバラの遺志は、この21世紀のかの地ボリビアに「ゲバラ主義者」を自任する大統領が誕生したことのなかに、あるいはラテンアメリカ全体が反米の嵐に包まれていることのなかに紛れもなく生きているのです。

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http://books.yahoo.co.jp/book_detail/AAS55536/


双方の原作を通してゲバラが何度も強調するのは、革命戦士の自己犠牲性と匿名性といったものです。なんらの代償も求めず、名をあげることもなく死んでいった多くの同志たちの犠牲によってこそ革命は勝利したのだという強烈な意識がそこにはあります。
期せずして国家的英雄にまつり上げられた自らと、同志たちの匿名性との対比こそがゲバラという人の思想性の中心にあるように思うのです。
閣僚としての安寧の地位を捨てて向かった戦地ボリビアで、文字通り彼の体現した自己犠牲性は、彼の精神と肉体に宿った、死してなお生き続ける同志たちのそれそのものだったのではないでしょうか。