6.26 2009 Paris
2009Jun.28/09:21









飛行機で隣あわせたSさんは御歳85歳の元従軍看護婦。お孫さんの結婚式のため単身渡仏とのこと。航路中、彼女の長い人生講話をひととおり聞くこととなった。
学徒動員で手術設備も薬もないフィリピンの前線に送られ、日がな薪で遺体の火葬をさせられたこと。
香港に居たときは、日本軍によって工場労働だと騙されて強制的に連れて来られ、過酷なセックス労働によって傷ついた朝鮮人慰安婦の看護にあたったこと。
戦後、命からがら帰った広島の家は原爆によって跡形もなく、以降長く野宿を余儀なくされ、戦死した父と兄に代わって昼夜たがわず働いて家族の生活を支えたこと。
彼女は今もボランティア看護士として地元の病院で週三日働いているという。
彼女曰く「戦争をさせた人は生き延びて、させられた人は皆酷い目に遭いました。もっと早くから反対しておかなかったことを心から後悔しています。私自身も加担した意味のない戦争で死んでいった多くの人々への供養だと思って、家の者には早く辞めろと言われても看護を続けているのです」。
夕刻パリ到着後、現地でお世話していただく高田女史とともに、ホテル至近のポンピドゥーセンター上階ジョルジョにて晩餐。
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